理事長所信
所 信
2008年度 社団法人佐野青年会議所
第43代理事長 若田部 実
輝く日に
見上げる空にはきらめく陽の光が輝いている
陽の光が海の青さや雲の白さをキラキラ眩しく映し出している
そして子ども達は無邪気に光の中で はしゃいでいる
そんな愛おしい顔が目にうかんできます
うれしそうな顔 泣いている顔 悔しがっている顔 おこっている顔
それぞれの顔が陽の光に照らされ精一杯に輝きを放っている
そんな子ども達にふしぎな力を感じます
未来への可能性という力強さを
いつの時代もすべての子ども達に照らされる陽の光がとっても嬉しい
ずっとずっとすべての子ども達を照らしつづけていきたい
私たちが太陽となって子ども達を照らしていこう
まずは信じることからはじめよう
すべての人が陽の光に照らされキラキラと輝きを放ちながら
未来への可能性を信じ 力強く生きて行ける未来を
きっと叶えられる 信じることで
「生きる力」への気づき
数年前の子ども達と関ったミュージカル事業での出来事です。ひとりの女の子が練習中ふざけあっていたので、「ちゃんと練習しようよ」と声を掛けてみると、少しすねた顔をしながら「頑張ったってどうせ私は脇役だから」と私に向かって言い返してきました。とっさの事で彼女の心に配慮した言葉も見つからず、胸を締め付けられる思いがしました。そして心の底から思ったのです。こんな自分を諦めたような言葉は使って欲しくない、もっと自分の可能性を信じて頑張って欲しい、自分の役割を精一杯演じる事もとっても素晴らしい事なのだと気づいて欲しいと。
彼女はその後、仲間からの温かい励ましや関りの中で、もう一度自分で決意をし、仲間の子ども達とミュージカルの成功を目指しました。そして真夏の厳しい練習や合宿など、幾つもの壁を乗り越え、自分の役割を精一杯頑張っていきました。その結果最後のステージが終わった時には、仲間の子ども達と抱き合いながら感動の涙を流していました。
きっと彼女は弱い自分と幾度となく戦い、諦めようとした事もあったでしょう。しかし諦めず精一杯の自分を出し切ったことで一回り大きく成長したのです。
私はこの経験で気づきました。目の前に現れる壁を自分の意思で乗り越えようとした時、仲間の援助や勇気が生まれるのだと。そしてその一つひとつを乗り越える事が、自分の可能性を信じるカケラとなり、またそのカケラを集めることで、自分の可能性を信じる事へと繋がっていくのだと。
私は自分の可能性を信じる事、それが「生きる力」の原点であると考えています。
そして自分の可能性を信じる事が出来れば、自分や他人も認めることが出来きるようになり、物事に対しても肯定的な考え方が出来るようになるのです。そして自信をつけてくることで自分の意思が明確になり、意思が明確になる事で自分の中に主体性が育まれ、主体的な判断と積極的な行動に繋がり、自分の力で様々な問題解決が出来る能力、すなわち「生きる力」が身につくのだと信じています。
この地域に「生きる力」を育む事ができたなら、きっと子ども達は自分自身の人生を心豊かに、また逞しく生き抜いて行くことでしょう。また将来の地域を責任ある市民として主体的に担ってくれると信じています。そしてその精神が親から子、子から孫へと受継がれ「私達のまちは私達でつくる」という自治意識が広がっていき、自立した人達が支え合う「自主自立のまちづくり」を実現していくのです。
「生きる力」を育む教育
エピソードにもある通り「生きる力」が育まれる要素には大きく三つあると考えています。先ず一つ目は異年齢の仲間との「豊かな出会い」、そして二つ目は仲間の援助で立ち直れた「豊かな挫折」、そして三つ目は自分で決心し弱い気持ちと最後まで戦った「豊かな努力」。この三つの要素が子ども達の成長にとても大切なものと感じています。また、これらの体験、経験の中には心の成長に欠かせない人と人との心の触れ合いがあり、豊かな感性が育まれると思っています。そしてこの「生きる力」を育む事を通して、豊かな感性と共に逞しく歩める、自立した人生をこの地域のすべての子ども達に歩んで欲しいと願っています。
昨今教育をめぐり様々な意見が飛び交っており、義務教育の方向性が揺れています。
また2006年10月に教育再生会議が発足し、「ゆとり教育」の是非が話合われ、2007年1月、第一次報告で「ゆとり教育」の見直しと学力向上が提言として発表され、学力重視の教育に再び方向転換しようとしています。
そもそも「ゆとり教育」は「生きる力」を育てる為に導入されたはずであり、学力と「生きる力」は天秤に掛けるものではなく、全く異質な物なのです。最近の社会人の大きな特徴は、人間関係が構築できず苦しんだり、マニュアル人間といわれる決められた事しか出来ず、自ら主体的に判断し積極的に行動できない人が増加傾向にあると感じています。
学力を養うことも大切な事ですが、本当の意味での教育の目的は、学力と言われる知識と共に、「生きる力」という生きる知恵がバランス良く育まれる事であると思うのです。また、子ども達に伝えなければならない大切なものは、昔も今も変らないと思っています。
この「生きる力」も時代に左右される事のない、これからも伝えていかなければならない大切なものなのです。
地方分権が進むにつれ、教育に関する権限も地方自治体に委譲されてきます。この地域も例外ではなく、地域の教育は地域で考える事が求められるようになり、言換えれば「私達の子どもは私達が育てる」そういった未来への責任が私達一人ひとりにも生まれてきます。そして「生きる力」は知識で学ぶ事は難しく、体験的な学習が必要になってきます。しかし今の学校の先生の負担が社会問題にもなっている通り、学校で教えられる事も限界に来ているのです。やはりこれからは学校だけに依存するのではなく、今まで以上に地域全体で子ども達の事を、考えていかなくてはならない時代が目の前に迫ってきています。 そしてその時が来る前に、地域共育に対する私達佐野JCとしての意見をしっかり持っておく必要があると考えています。
その為にも、先ずはこの地域の教育の実態を正確に知る事が大切です。そして子ども達の現状と周りの環境である学校、家庭、地域、NPO、企業等の現在の取組みなどを調査し現状の把握を行います。次にこの地域に「生きる力」を育む為の教育を模索し、佐野JCが理想とする地域共育のビジョンを地域の生活者に発信していきたいと思います。
自主自立のまちづくり
これからのまちづくりに必要なものは、市民一人ひとりがこの地域の可能性を信じ、自ら考え主体的に判断し積極的に行動していく事。
そしてそれはこの地域の「生きる力」であり、言換えれば「私達のまちは私達がつくる」という、これからのまちづくりに欠かせない自治意識だと考えています。
そしてこの地域の「生きる力」がもっと強くなったならば、自立した人達が支え合う住民主体の「自主自立のまちづくり」へと繋がっていくのです。
地方分権の風が追い風となってきました。佐野JCはこれまでもシステムの変革と意識改革のスパイラルアップを目指し、まちづくりに取組んできました。しかし、地方分権という追い風の中でシステムばかりが変りつつあるように思え、そのシステムに対応する為の意識改革が立ち遅れているのではないかと感じています。
そして意識変革の遅れの一つの原因として考えられるものは、正確な現状認識と理想とする地域の姿が明確でない事であると思っています。
今の財政を含めた国の現状や今後の方向性などを理解した上で、はじめて私達の地域である地方自治体が担う役割、また私達市民が担う役割がはっきりと見えてくるのだと考えています。先ずは私達が責任ある市民の一人として、国やこのまちの財政も含めた現状や方向性を確りと把握し、その中で佐野JCとしてのビジョンを打ち出し、分かり易い形で市民の皆様に発信していきます。
そうする事でこの地域に眠っている限りない可能性の「生きる力」を呼び起こす事ができ、「私達のまちは私達がつくる」という自治意識が広がることで、システムの変革と意識の改革のスパイラルが動き出し「自主自立のまちづくり」へと歩みを進めることが出来るのです。
青年としての姿
私達JCは教育、政策、経済についての専門家ではありません。しかし、私達はこの地域の生活者であり、責任ある市民の一人という事は自覚する必要があると感じています。またこれからの地方分権の流れを考えれば、私達佐野JCとしては地域主権の意識に立ち、率先して地域の将来を考えていく事も、私達青年としての役目だと思っています。また、地域を考える上で、教育、政策、経済についての意見を持つ事が、今強く求められている事も事実なのです。これからの地域主権時代の中で、一番恐ろしい事は、意見を持たない事、発信できない事であると思うのです。間違いを恐れるあまり意見を発信できないのであれば、大切な機会を見失ってしまいます。
精一杯やって間違えがえたなら素直に謝り、より良い物に訂正をし、謙虚に対応していけばいいと思うのです。
また、活字から知識としてのみ学ぶのではなく、青年として私達一人ひとりが熱い思いを胸に、直接人と関わり、肌で実感しながら、知識と知恵と思いを育んでいきたいと思っています。そして私達が本当に心で感じた事、それだけが人の心にも伝わり、信頼関係のもと生まれた提案こそが実現可能になるのだと信じています。
さあ、先ずは私達からこの地域の可能性を信じ「生きる力」を携えて勇気を持って、未来のこの地域の理想の姿を発信してゆきましょう。
今それを行う事が、私達佐野JCの存在意義であり、佐野JCという組織としての「生きる力」なのです。
佐野JCの仲間
私はこの佐野JCに育てて戴きました。自分の狭い世界の中で生きて来た私に、はじめて大海を見せてくれたのが、この佐野JCという有り難い存在でした。それは私に対し「お前はこんな人間だよ」とはっきりと見せてくれるはじめての場所だったのです。時には触れて欲しくない心の部分に踏み込まれ、しばらく立ち直れない事もありましたが、今ではそんな仲間を本気で大切にしたいと心から思っています。
私はそんな温かい人と人との心の触れ合いや、出逢いのある佐野JCが大好きです。 そしてこの大好きな佐野JCの仲間と、出逢いをもっと増やしていきたいと思うのです。出逢いの数だけ思いがあり、思いの数だけ感動があり、感動の数だけ互いの成長があるのです。
さあ目標を決めて、リーフレットを片手に、私達佐野JCメンバーから素敵な出逢いを求めて、この地域にかけがえのない仲間の輪を創って行きましょう!
また、出逢いのある素晴らしい機会として出向は欠かせません。そして出向に関して忘れてはいけない気持ちは「出向させて戴いている」という出向メンバーの気持ち、そしてLOMの為に「出向して戴いている」と、お互いが思いやれる、相思の関係がとても大切だと感じています。
そして出向者は言うなれば、宇宙戦艦ヤマトの乗組員だと思うのです。そうです佐野JCの期待を一身に背負って、LOMの未来を救う為に戦いに行くのです。そしてLOMでは出向者の持ち帰る有益な情報を今かいまかと待っているのです。さあ出向者の皆さんは思う存分に自己研鑽を積んできてください。そしてその沢山の情報や体験、感動をLOMへフィードバックして下さい。そしてその情報や体験、感動を循環する事がLOM活性へと繋がっていくのです。
むすびに
文頭にありました、ミュージカルに参加してくれた女の子は、今では中学校の部活動のキャプテンを務め、チームをまとめています。本当に嬉しい限りです。
「生きる力」はもともと誰もが持っている力だと思っています。また「生きる力」は生まれて来た中でそれぞれの人が、それぞれの環境の中、それぞれの体験・経験を積むことで、様々な形で「生きる力」が形作られていきます。尖っていたり、丸かったり、強かったり、弱かったり、少しカーブしていたり、歪んでいたり、波打っていたりとそれぞれの形があると思うのです。
大切な事はいろんな形があっていいと思える事。そしてそれはかけがえのない私達佐野JCの仲間である、一人ひとりの大切な個性であると私は思っています。
またJC活動の中や人間関係の中で、様々な違和感に出逢う事があると思います。それはきっと気づきの時でありチャンスなのです。違和感から学び自分を見つめ、そして心の成長を求める事がとても尊く大切だと感じています。
完璧な人間など存在しない。
だから人はいつの時代も組織や社会を創り、助け合って、補い合って生きてきたのではないでしょうか。そうなのです、人が組織や社会を創ってきたという事実が本当に素晴らしいと心から思うのです。
だから本気で信じてみようと思うのです 社会は変えられるのだと。
先ずは信じる事からはじめよう
信じよう自分の可能性を
信じようJAYCEEの仲間を
信じようこの愛するまちの「生きる力」を…
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